2013/01/17

武器商人アマゾンに竹槍で挑戦するグーグル

「ビッグデータとクラウド・ストレージ」 連載 第八回


イベント・企業編4: 

武器商人アマゾンに竹槍で挑戦するグーグル


エノテック・コンサルティング代表
海部美知


前々回のこのコラムで、アマゾンAWSの12月の値下げが「グーグルと対抗するため」とさらっと書いた。「え?グーグル?」「そんなことやってたの?」とひっかかった方もおられるだろう。実は私がその一人だ。

なにせ、クラウド・コンピューティングやクラウド・ストレージの分野でアマゾンの対抗といえば、ラックスペースなどの専業勢と、マイクロソフトに代表される企業ユーザー向け大手が現在の主力だ。グーグルは、「クラウドコンピューティング」という言葉の創始者であり、自社サービスのインフラとしてクラウドを持っているわりに、「他の企業向けにインフラをサービスとして提供する(Infrastructure as a Service, IaaS)」分野では全くレーダーの視野にはいっていない。

ネット業界巨人のグーグルとはいえ、IaaSの分野に限っていえば、グーグル対アマゾンは全くの「小人対巨人」だ。だいたい、グーグルはこれまで、消費者向け無料(広告ベース)サービスが得意技で、逆に企業向けの有料サービスはヘタというのが通り相場だ。

にもかかわらず、なぜ竹槍で戦闘機に向かうが如き無茶な挑戦を、グーグルはするのだろうか?

◆ クラウド・プラットフォームがようやく出揃う


モバイル・アプリのスタートアップをやっているシリコンバレー地元の友人がいる。今回大幅に「クラウド化」をするというので、「やっぱりアマゾンでホストするの?」と聞いたところ、「いや、グーグルでやります。」という答えが返ってきた。

ああ、なるほど!コレか!と私が開眼した瞬間である。

2012年6月の開発者会議「Google I/O」において、グーグルは「Google Compute Engine」を発表した。コンピューティング・パワーをクラウドに置いて、必要なときに必要なだけ、使えるようにしたもので、AWSにおける「EC2」に相当する。いわば、クラウドコンピューティングのインフラの中核を成すものだ。

グーグルはすでに「Google App Engine」や「Google Cloud Storage」などを開発者向けに提供している。これに加えて、クラウドベースのリレーショナル・データベースやクエリエンジンなどもある。なぜか最重要ピースである「コンピューティング・パワー」が欠けており、これにようやく今回Compute Engineが加わり、「Google Cloud Platform」として一揃い、ベーシックなセットが揃ったことになる。

まだまだ、AWSの豊富な品揃えに比べれば「竹槍」レベルとの評価ではある。しかし、それでも揃えなければいけない。必死でアマゾンを追いかけなければいけない。

◆ そのココロは、「開発者争奪戦」


それが「なぜか」の部分について、GigaOMのOm Malik氏は、「開発者争奪戦」という側面に注目している。これは、的を射ていると私は思う。

アマゾンAWSは2006年に開始されており、クラウド・コンピューティングおよびIaaSのパイオニア的存在である。直後の2007年にiPhoneが世に出た際のモバイル・アプリケーションや、ほぼ同時期に活性化したソーシャル系の各種ウェブ・サービスなどの興隆をインフラ面で支えた。

その後のスマートフォンやソーシャル・メディアにおける「競争」は、ユーザー獲得競争であると同時に、「開発者争奪戦」でもあった。開発者がたくさん集まれば、サービスが使いやすくなってユーザーが増える。ユーザーが増えれば、開発者がマネタイズしやすくなって、ますます開発者が集まる、という好循環が生まれる。ウェブ2.0以降のネットビジネスでは、端末やサービスそのものの機能だけでなく、こうした「エコシステム」が勝負を決するようになっている。

特にわかりやすいスマートフォンでは、SymbianやSamsung Badaなどまで参加して乱戦を繰り広げた挙句、iOSとAndroidのビッグ2体制にほぼ落ち着いたが、現在またWindowsやBlackberryがカムバックを期して参戦しつつある。

そんな中で、敵味方両方に武器を提供する「武器商人」の立場でがっつり儲けたのがアマゾンAWSだったわけだ。実は、敵も味方も、みんな開発者はAWSに依存している。

OS競争を勝ち抜いたグーグルは、それに気がついたに違いない。しかも、アマゾンKindleは、Androidベースとはいいながら、グーグルのAndroidエコシステムとは一線を画して独自の経済圏を作ろうとしている。

アップルがグーグル系アプリを排除して、グーグルへの依存度を下げようとしているのと同様、グーグルも自社エコシステム内の開発者がアマゾンに依存する度合いを下げたいと考えるのは自然だ。しかし、モバイルやソーシャルの個人の開発者やスタートアップが手軽に使えるようなインフラ・サービスは、今のところアマゾン以外の選択肢がほとんどない。

では自分でやろう、ということだとOm Malikは分析する。そう考えれば、どんなに無理に見えても、「やらなければならない」ことが腑に落ちる。冒頭でご紹介した私の友人のような開発者たちは、ウェブ・モバイル世界において今や最もホットなアセットであり、彼らの争奪戦の舞台が、「モバイルOS」から「クラウド・プラットフォーム」に移ろうとしている、ということらしい。

◆ 水面下の熱い戦い


11月末のアマゾン開発者会議「re:Invent」の直前、2012年11月26日にグーグルは36種類の新しいサービスを発表した。例えば、それまでなかった「アクセス頻度が少ない、低いTierのストレージ」を追加するなど、IaaSのラインアップを強化した。

グーグルは、AWSにはないが自社が得意な「クエリエンジン」を持つなど、それなりに特徴はあるが、先行するAWSのほうがどうしても有利で、現在のところ、おもに料金を武器に戦うしかない。

このため、クラウド・ストレージの料金を26日にまず20%以上、28日にアマゾンが対抗値下げを発表した翌日にはさらに10%の値下げで追い討ちをかけた。

突然勃発した激しい料金競争は、アマゾン・グーグルともに、この分野での陣取り合戦の重要性を認識している、ということの表れだろう。

クラウド・サービスといえば、アップルのiCloud、アマゾンのCloud Player、グーグルのGoogle Playが三つ巴となっている音楽・映像分野が、消費者向けサービスでもあり華やかだが、実は水面下で進行するインフラ分野での陣取り合戦のほうがより大きな影響を業界全体に及ぼす可能性がある。

グーグルは、有料サービスに不可欠な営業・課金・カスタマーサービスなどが弱く、どこまで巨人に食い込めるかはまだ未知数であり、少なくとも当初は売上金額的には大したことはないだろう。しかし、この戦いには見かけの売上金額以上の意味があり、苦戦を承知でやらなければいけない、ということだろう。

開発者にとっては、アマゾンが悪いということがなくても、選択肢が増えるのはありがたいことだ。さて、グーグルはどこまで頑張れるだろうか、楽しみである。

海部美知(かいふ・みち)


エノテック・コンサルティングCEO(最高経営責任者)。ホンダを経て1989年NTT入社。米国の現地法人で事業開発を担当。96年米ベンチャー企業のネ クストウエーブで携帯電話事業に携わる。98年に独立し、コンサルティング業務を開始。米国と日本の通信・IT(情報技術)・新 技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。子育て中の主婦でもある。ブログ:Tech Mom from Silicon Valley。Twitter ID:@MichiKaifu。 著書に『パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本』(アスキー新書)がある。